精神科医・作家 樺沢紫苑先生の『父親はどこへ消えたか』で紹介されている映画を観ました。
【ものすごくうるさくて ありえないほど近い】
2011年の作品。折しも日本では東日本大震災の災禍が起った年ですが、本作は9.11の災禍で父を失った小学生の一人息子、11歳のオスカーの物語です。
ご紹介します。
父と息子
アスペルガー症候群のオスカー(トーマス・ホーン)。心優しき父(トム・ハンクス)はそんな息子に、人と関わることを経験してもらいたいと願い「調査探検」という遊びを一緒に楽しんでいました。しかし、9.11の災禍で父は天国へと逝ってしまう。
父の死後、オスカーは父のクローゼットから青い花瓶とそのなかにある鍵を見つけます。その秘密や父からのメッセージを探るべく、同封された書にあった「ブラック」という人物を探すため、調査探検を再開しました。
父が9.11当日最後にかけてきた電話に“怖くて”出ることができず、居留守をしてしまったオスカー。その後悔の念を胸に、鍵の秘密を必死に探し当てようとします。
その冒険で出会ったさまざまな人々。そして、とうとう花瓶の持ち主「ブラックさん」と鍵の意味を見つけることができます。ブラックさんにも、ご自身のお父様との確執があった。探し当ててくれたオスカー少年との本音トークに、それぞれの父への思いを語り合います。
父と息子のことって、自分には経験がなくよくわからないのですが、「父親殺し」なにかとても大切な必要な心のぶつかり合い、交信って、きっと、あるのでしょうね。
現実にはなかなか上手くいかなくって、お互いに面と向かってはぶつかり合ったり分かち合えなかったり…。
オスカーとブラックさんのように、別な場面で気付き、今後のそれぞれに活かしていくことでもよいのかもしれません。
母はなにもできないの?映画のセリフからの気づき
一方、そんなオスカーの様子を傍で見守ることしかできない、母のリンダ(サンドラ・ブロック)
直接相談してきてくれない息子のために、オスカーが会いにいくであろうブラックさんたちに事前に頭を下げて力添えをお願いして回り、冒険を支えていたのです。
「鍵」は父のメッセージではなく、ブラックさんの探していたものだった。なんのための冒険だったのか?と混乱したオスカーにかけた母の一言「普通にならなくて今のままでいい」
親とは子供の心配事についつい、「こうすべき」とか「ああしたほうがいい」とか価値観を押し付けがちです。でも、大切なのは「今、これでいい。」と見守ることなのですよね。
この、リンダのセリフがとても響きました。
なぜならば、私が息子との関係で悩み、相談に乗っていただいた方々からも、偶然にも同じメッセージをいただいていたからなのです。
オスカーの成長
当初の目的から結末はずれてしまったものの、たくさんのブラックさんとの対話はオスカー少年にとって、かけがえのない経験になった。
そして、最後にブランコで見つけた父からの置手紙「おめでとう。ようやく見つけたね。君は自分のすばらしさを証明した」そのあと、オスカーは出会ったブラックさんたちすべてに感謝の手紙を送ります。
映画はここでエンディングとなりますが、人との触れ合いや感謝を通じて、一つの山を越えることができたであろうオスカー。
この後さらにどんな成長を遂げるのかとても見てみたい。“end”ではなく、“to be continued”だったらいいな。
爽やかな気持ちで見終えることができました。
原題は『Extremely Loud & Incredibly Close』
この映画、邦題も原題も、とても不思議なタイトルです。
解釈については、ネット上で諸説展開されていますので、あえてそこには触れません。
感覚的に私が受け止めたのは、悩みの雑念や外野からの声はさまざまあれど、自分のなかにその答えはある。という感じかな?といったところです。
正しいかどうかはわかりませんが、受け手はひとりひとり違う感覚で、そんなふうでいいんだと思っています。
樺沢紫苑先生の『父親はどこへ消えたか』紹介されている映画を見るたびに、感動が蘇ってきます。