【縁とは?仏教の教えから学ぶ「因縁生起」】仕事をする中での身近な事例で解説

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先日参加したセミナーで「縁」について学ぶ機会がありました。

特に印象深かった言葉が「縁とは間接原因である」

それってどんなこと?について、シェアさせてもらいます。よろしければお付き合いください。

縁とは間接原因、根拠

今回教えてもらったポイントを端的に言い表しているネットの辞書(コトバンク)を見つけました。

まずはそこから引用します。

仏教における真理を表す一つの言葉で,詳しくは〈因縁生起〉といい,略して縁起という。現象的事物すなわち有為(うい)はすべて因hetu(直接原因)と縁pratyaya(間接原因)との2種の原因が働いて生ずるとみる仏教独自の教説であり,〈縁起をみる者は法=真理をみ,法をみる者は縁起をみる〉といわれる

私は全く仏教の専門家でもなんでもありませんが、これまで仕事をしてきたなかでも「縁に助けられている」って、ホント色々あって、ありがたいなぁと感じることも多々です。

「因縁生起」身近なことに置き換えて考えてみる

では、実際の身近なことに置き換えてみると。

自分の考えや方法は「直接原因(因)」主体的におこなうことで成果が見出せるもの。

一方で

自分の力が及ばないこと、周囲のなんらかの力を借りて結果につながることが「間接原因(縁)」

どちらが多いか少ないか?ということより、どちらもあるのが当たり前なんですよね。

縁ってなんとなく「人と人とのつながりを表すもの」と考えていました。おそらくそれも一つなのでしょうが、自分のやり方や思考やメソッドが他人とは異なる、だから、人からそれらをもたらしてもらうことで、何かを成し遂げられる。

それが「縁」なんだろうなって、実感です。

1人ができることなんて、限られている

シャカリキになって頑張ろうとしたところで、所詮1人が出来得ることなんて限られていますから。

周りに助けてもらってこそ。

もちろん、自分に好意的な人ばかりじゃないし、例え、ウマが合わないボスだって、気難しくてケアするのに苦労してしまう部下さんだって、理不尽なこと突きつけてくるクライアントさんだって。

縁であることに変わりはない。

「直接」な自分の頑張りを労いつつ、「間接」な人・物事への感謝も忘れないように。

そうしてさらに成長を目指していきたいと、この学びを得てあらためて心しています。

最後にひとこと

今起きていることを理屈で解こうとしたところで、明確に表せないこともあります。

その背景には先人の知恵や、長らく語り継がれてきたことの「Lessons & Larnes」それがたまたま仏教の教えとも合致するということなんだよね。

言葉がもつ意味って奥深いです。

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この記事を書いた人

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いくみ@女性管理職&ブロガー(ねーさん)

ビジネス書著者、講師(女性管理職の専門家)、ブロガー、ワーキングマザー30年。

40歳で正社員復活し、現在は元上場企業で20年管理職。「人生100年、仕事やライフワークや色んなことにチャレンジしつつ、めいっぱい楽しもう!」というビジョンのもとブログを始めとして、SNS、メルマガで情報発信中。山手線 全駅の記事も人気。2023年4月初出版『女性管理職が悩んだ時に読む本』好評発売中。

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