「感覚」と「感情」 なんだかややこしい ま、いっか

広告

我が家の観葉植物が、感覚と感情のイメージな感じ

長年生きているワタシですが(笑)、「感覚」と「感情」ってなんだかヤヤコシイことしきり。
何年人間やっていても、いつも悩ましいものです。

「感覚」ってナントナク、理屈ではない、”カン”ってなこと。
「感情」ってナントナク、その、「感覚」をいいとか悪いとかうれしいとかいやだとか感じ取ってしまうこと。

おんなじ、「感」がつくのだけど、意外とこの”お二方”、仲良くないのかもしれません。

感覚も感情も主観

何かをいいと思うこと。何かが大切だと思うこと。コレって”カン”的なこと、感覚。そのヒト発信の主観なのですよね。

それを、他の方が”いいね”と思ったり、不快に思ったり、イロイロあるものです。なぜなら、感情があるから。

”いいね”って言ってもらえたら、それに共感してくださったということ。
本当にありがたいものです。

一方、反感してくださった(?)としても、それは主観なので、仕方ないこと。

感覚も感情も他者がコントロールできることではなく、自分がもっているもの。
そう考えると、あんまりそれに悩まなくてもいいのかな。って思ったりします。

やっぱり”自分軸”を大切にすればいいのですね

「あのヒトがこうしてくれない。」
「ワタシは一生懸命なんだけど、ちっとも答えてもらえない。」

そういうことをとかく考えちゃったりする場面ってあります。

でも、あのヒトの”感覚”はワタシには計り知れないし、それが多数派の感覚であれ少数派の感覚であれ、それをどうのこうのいうのもチョット違う。
自分の感覚に近いな。と思えば感情が動くし、自分の感覚とは違うな。と思えば反発しちゃうし。

結局、自分はどう考えるか。自分はどうとらえるか。っていうことでいいんだろーな。

とはいえ、悶々しちゃうこともあります

理屈ではわかったつもりでも、実際に

「お願いしたことをスルーされた」とか、
「なぜだかタグ付けされなかった」とか、

みたいなことって起っちゃうんですよね。悲しいかな。

おやおや。嫌われてるのかしらん?お忘れ物になっちゃったのかしらん?でも、それって相手の感覚だし、追求してもしゃーない。

ま、いっか。

今日の一言

我が家のリビングにある観葉植物のごとく、感覚と感情って、まっすぐ伸びてる赤い線みたいなイメージ。

あれこれあってモヤモヤしてしまった今宵、ブログに書いたらちょっとスッキリしてきました。すみません。

 

 

広告

投稿者プロフィール

ねーさん(ikumi3)
ねーさん(ikumi3)
会社の管理職/100年ライフブロガー/色々学び人
30数年会社員まっしぐら、定年まであと数年…というところで、会社の組織改編や家族の不調に見舞われお先真っ暗に…。その後、さまざまな学びと素晴らしい師匠たちに出会うことで救われる。この経験により「今後の100年ライフを楽しく過ごし、同じような人を一人でも増やしたい」というビジョンをもつに至る。このブログではそんな私の思いや実践をお伝えすべく、2017年7月22日から700記事連続、毎日更新中。(2018年11月30日現在)→詳しいプロフィールはこちら