私が親になったときのこと 27年前の10月を振り返る

広告

10月は私の息子が生まれた月です。

今年で27歳。
そういや私、もう27年間も親をやっているんだった(笑)
なんだかあっという間だったなー。

息子誕生当時のことを思い出して、ブログに書くことにしました。

エコー検査で初めて息子の姿を見る

結婚してしばらく後に子を授かりました。
産科医院のエコー検査で「この影は何だろう?」と頭上の画面を見て思った。その「影」こそが初めて見る息子の姿です。なんだか不思議でたまりません。

その後、体調面での変化はあれど、自分の姿にはさほど変化がないため、本当に妊娠中なのだろうか?半信半疑です。

5ヶ月過ぎた頃からでしょうか。なんとなくお腹がポッコリしてきて、周りからも「あら、妊婦さん」と思われるようになってきました。

体重が増えすぎないようにするのは大変

昔は、妊娠中に体重が増加するのは仕方ない…といった話が巷間言われていたような気がするのですが、私のときは、医師や保健師さんから「体重が増えすぎないように」と言われました。

確か目標は+10kg前後くらい。
これが案外大変なのです。

結婚して広島市に転居し、転職活動をしようと思っていたところ子宝に恵まれたので、当時の私は無職。
家に居ることが多く、意識して身体を動かさないことには、体重が増える一方です。
ちょうどその頃夏の真っ盛り。散歩するのもままなりません。

あれこれと情報収集をした結果「マタニティスイミング」に通うことにしました。

マタニティスイミングが良い気分転換に

住まいからバスで20分ほど行ったところに、ちょうど適当なスクールが見つかった。
スポーツ用品店に行くと「妊婦用水着」も売っています。ゴーグルや水泳帽も揃えて、週1~2日くらいを目安に通い始めました。

インストラクター指導の下でエクササイズするのですが、これがなかなかハード。
水中で体操をしたり、25メートルプールの端から端まで背泳ぎで進んだり。結構な運動量です。

もともとさほど水泳が得意だったわけじゃないので、なおさら四苦八苦。

とはいえ、「縦」なっているときはお腹が重くて仕方ないのが、水に浮かんでいるとまったく感じずに済む。良い気分転換になりました。

その甲斐もあってか、おそらく体重増加は+8kgくらいで済んだように記憶しています。

里帰り出産

出産は、実家近くの産科医院にお世話になることにしたので、妊娠8ヶ月頃に実家に戻りました。

当時は「性別予測」が流行り出していたころ。医院で「おそらく男の子だと思われる」といわれたのが、また不思議でなりません。

私は姉と2人姉妹で、男の子が家庭に居た経験が無いのです。

とはいえ、予測だから確実ではないらしい。
ま、どっちでもいいや。ってな感じ。

1人、父だけが妙にはしゃいでいます。
孫が同性だというのが、きっと嬉しいのでしよう。

そして、いつの間にか、お母さんになっていた

予定日は10月15日と言われていましたが、それよりも少し早く「息子誕生のとき」が訪れました。

午後くらいから陣痛が始まる。何回か医院に足を運んでも「まだもうちょっと」とノンビリしている医師。
とうとう「もう無理」と思ったときに、母が車で医院まで送ってくれました。

真夜中でしかも、低気圧が近づいていて外は土砂降り。
意識朦朧としつつも、叩きつけるような雨の音が耳に響いてきます。

寝ぼけ眼の先生に「はいはい準備しましょう」と声をかけられて2時間後くらい。

息子の産声が聞こえてきました。

感激というより「ふー。やれやれ」です。
看護師さんが連れてきてくれた我が子の姿をみて思ったこと。

あらら。私いつの間にかお母さんになっていたわ。

しかも、体重2,730gと少々小さい。
私たち母子の始まりの日です。

虹の朝

翌朝、両親と夫が医院にやってきます。

前日の土砂降りも嘘のような秋晴れの朝。虹が出ていたそうで、母がそのときの新聞を取っておいてくれました。

「この子は、虹の子ね」

いつも厳しい母がとても嬉しそうにしています。
私もホッとしました。

おそらくその新聞は、まだ我が家のどこかに仕舞ってあると思われる。久しぶりに取り出してみようかな。

今日の一言

その後の私達の人生は、とても「虹のような七色の日々」とは言えませんが(笑)
まあ、27年間よくぞ育ってくれたものです。感謝。

☆「100歳以上生きる」を目指すために
この本に書かれてあることを1つ1つ実践しています☆

Amazonへ見にいく

広告

投稿者プロフィール

ねーさん(ikumi3)
ねーさん(ikumi3)
会社管理職/100年ライフブロガー

30年以上会社勤務と子育てをしながら、40歳で正社員復活し、現在は一部上場企業で管理職。このままで良いのかと悩み、様々な学びと、出会った師匠たちに救われる。この経験により「今後の100年ライフを楽しく過ごし、同じような人を一人でも増やしたい」というビジョンを持つ。

→詳しいプロフィールはこちら