【100年ライフを楽しむ】両親の生き方がいつの間にか自分のビジョンになっていた

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こんにちは。人生ほぼ後半戦に差し掛かっている(笑)いくみ(@nesan_blogger)です。

私の両親は昭和一桁生まれ。2019年現在、2人とも約90歳です。
子どもの頃は反発ばかりしていましたが、いつの間にかその生き方をトレースしている自分がいます。

両親の長生きに感謝しブログに書き留めておきたい。

ご紹介します。

100歳以上生きる

当ブログのタイトル「100歳以上生きる」は"100年ライフを楽しむ人を1人でも多く増やしたい"という私のビジョンを元に命名したものです。

あくまでも自分自身のビジョンであり、そこに両親が影響しているなどとは思ってもいませんでした。

しかし、よく考えてみると。
両親ともに100年ライフに向けて素晴らしい人生を歩もうとしているじゃないですか。

無意識のうちに私は彼らの生き方を、自分のビジョンとしていることに気づきました。

両親について

我が両親についてを少々説明させてもらいます。

私の祖父母は明治生まれ。両親は昭和早々生まれ。戦争経験者です。

父は茨城県出身で、たまたま空襲などの影響を受けずに済んだようですが、母は東京都出身なので、しょっちゅう空襲に遭っていたとのこと。

私が幼少の頃はよくその話を聞かされたものです。

疎開先で度々食べさせれられたサツマイモが嫌で、今でもサツマイモが嫌いだという話とか、長女だった母は幼い弟妹をおんぶしながら女学校に通ったのが辛かったという話とか。

当時はふーん。なるほど…くらいにしか理解できませんでしたが、きっととっても大変だったのでしょう。

ありがたいことに、代々身体が丈夫な家系だったらしく、父方の祖母も母方の祖母も90歳近くまで人生を全うすることができました。

そして私の両親も、その年代に至っている。おかげで私も私の息子も身体が丈夫です。

反発ばかりしていた

今となれば偉大な両親だと素直に思えるのですが、長いこと反発ばかりしていました。

私は姉との二人姉妹。優等生な姉と、何事も雑草街道をひたすら突き進む妹(笑)
いつも比べられてしまうのです。

「お姉ちゃんは優秀なんだけどねー。妹は…」そんなことを平気で人様に言っちゃう両親です。

なにそれ。悔し過ぎるじゃないの。
この"反骨心"が女性管理職としてドッシリ生きている今の私の礎になったのだと思っていますが、若い頃は本当にムカついたものです。

目の前に「両親」という鏡がある

自分も人生後半戦に差し掛かってきて、あらためてその後の生き方を考えてみようとした時に。

目の前にある「両親」という鏡に気づきました。
ムカついたり姉と比べられたり散々嫌な思いもしましたが、結局は両親とはもっとも身近な人生の先輩なのですよね。

戦前、戦後。昭和、平成、令和。
激動を生き抜いてきて、そして身体のアチコチにガタはきているらしいけれど、とにかく元気に過ごしている父と母。

それぞれに、自分なりのライフワークを持って過ごしているようだ。
おそらく私のこれからも、そんな人生を過ごしていくように思えてなりません。

最後に一言

この記事を書こうと思ったのが、たまたま久しぶりに実家に電話をして両親と会話をしたことがきっかけでした。

流石に少々耳が遠くなってきているようで、やや噛み合わない点も多々ありましたが(笑)なんだか2人とも楽しそう。

Life Is Good.

電話から聞こえてくる声が、そんなふうに囁いているように思えました。

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この記事を書いた人

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いくみ@女性管理職&ブロガー(ねーさん)

ビジネス書著者、講師(女性管理職の専門家)、ブロガー、ワーキングマザー30年。

40歳で正社員復活し、現在は元上場企業で20年管理職。「人生100年、仕事やライフワークや色んなことにチャレンジしつつ、めいっぱい楽しもう!」というビジョンのもとブログを始めとして、SNS、メルマガで情報発信中。山手線 全駅の記事も人気。2023年4月初出版『女性管理職が悩んだ時に読む本』好評発売中。

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