息子の誕生日に実家の両親から届いたバースデーカード あらためて両親に思いを馳せてみた

先日誕生日を迎えた我が息子。
自宅ポストに、実家の両親からバースデーカードが届いていました。

息子はそれをすぐに開封するでもなく「ふーん」と眺めているのみ。
おいおい、開けてくれよー。そして、お礼を伝えてくださいなー。

父は87歳、毋は86歳。おかげさまで二人とも病気もせず元気に過ごしていますが、なにせ高齢。
「また今度」がいつか訪れなくなってしまうかもしれない。

息子にとっては祖父母への連絡って、どこか照れくさいのかもしれませんが「とにかく歳とっているのだから、早く連絡してあげて」と何度か促しをし、やっと連絡した様子。

そして、息子に見せてもらったカードのメッセージ。特に母からのそれを見て…驚愕してしまいました。
父は、来春就職予定の息子に「新しい生活に向かって頑張ってね」
一方、毋は、
「社会の一員として自覚と責任を」

孫の誕生日メッセージに、こんなこと書くかーーー???
これはまさに、我が母のキャラ…これまで私もずーっと母から似たようなメッセージを受け取っていたことを思い出しました。

我が両親

我が両親共に戦前生まれ。
父は比較的裕福な家に育ち戦時中もさほど苦労がなかったらしいですが、母の実家は極貧でなおかつ父(私にとっての祖父)が酒の飲み過ぎで体調を崩し職を失してしまったらしく、4人兄妹の長女であった毋は、戦中戦後、相当な苦労があったようです。

その後就職した会社で二人は出逢い結婚するに至った。父はその会社で定年まで勤め上げ、母はいわゆる「寿退社」

父のキャラは何事も前向きで明るくて、つまり「ノーテンキ」おそらく私はこれを受け継いだのだと思います(笑)
毋は悲観的で神経質。だのにプライドが人一倍高く「ブランド思考」。コチラは、3歳上の姉が引き継いだようです。

ヒタスラ馬車馬のように昭和の激動を駆け抜けたモーレツサラリーマンの父。
一方の毋は家庭をしっかり守りつつ、趣味の茶道を極めた。

二人とも、尊敬します。

とはいえ。何かと飛んでくる「母の爆弾」はなかなかにキョーレツなものでした。

オモシロ過ぎる「母爆弾」

とにかく"一流、一流"と念仏のように唱える我が母。時々飛んでくる「爆弾」は、もう、呆れを通り越して笑いが出ちゃいます。

例えば…

  • 私が高校受験に合格したとき「アナタの成績じゃかなりムリだったけど、ワタシがPTAで頑張ったから合格できたのよ」
  • 私の出身大学はいわゆる三流校、しかし授業料が安いのがウリ。それを説明したところ「授業料が高くても一流校に入って欲しかった」
  • 夫が結婚前に両親に挨拶に来たとき「いやー、この子の姉は一流大学出身なんですがねー、この子は三流なんですよー。すみませんねー」
  • 仕事と家事&育児でしっちゃかめっちゃかな毎日を送っているとき「仕事して、何になるの?子どもがかわいそうだと思わないの?」(暗に「女は家庭を守るもの」と言いたかった模様)
  • 私が家族問題に悩んでいて両親や姉との連絡がかなりぞんざいになってしまったとき「悲劇のヒロインぶるな」

ものすごーく真剣に捉えると、かなり辛辣でグサグサくる言葉ばかり。
でも、真剣に捉えないようにしていました。自己防衛本能といおうか、もう、ギャグにしちゃえーっていう開き直りなのか。

で、父はといえば…特に無言(汗)

それゆえか、両親に対してどこか"苦手意識"が満載…かなり距離を置いていたように思います。

結局、親も人間、子も人間。別人格なのだ

そんなこんなな我が両親とのこれまでで私が得たのが

親の価値観はそれはそれ。自分の価値観はまた別にある。ということ。
きっと親が期待している生き方をしていないのだろうな、でも私は私…と、「母爆弾」の度に察知したことで、かえって「我が道をゆく」ことができたように思います(笑)

とは言っても。

自分が今度は親になってみると、なかなかそうも行かず。ただとにかく何があっても。実際色々あったけど。
相手(私にとっては息子)の生き方は否定しないようにしよう。とあらためて心しているこの頃です。

今日の一言

して、87歳になっても、相変わらずの「母爆弾」
就職前の孫に対して「社会の一員として自覚と責任を」ってアナタ、なにエラそうなこと言ってんのさー。

我が息子の反応は、相変わらず「ふーーーん」
これも笑えるけど。

この爆弾がある限りきっと"母が健在である"という証拠なのだろう。
真剣に考えると「チョームカつく」感も無きにしもあらずだけど…まあ、よしとしよう。

とにかく。距離があってもなんでも。感謝をしていることには変わりない。

投稿者プロフィール

ねーさん(ikumi3)
ねーさん(ikumi3)
会社の管理職/100年ライフブロガー/色々学び人
30数年会社員まっしぐら、定年まであと数年…というところで、会社の組織改編や家族の不調に見舞われお先真っ暗に…。その後、さまざまな学びと素晴らしい師匠たちに出会うことで救われる。この経験により「今後の100年ライフを楽しく過ごし、同じような人を一人でも増やしたい」というビジョンをもつに至る。このブログではそんな私の思いや実践をお伝えすべく、2017年7月22日から570記事連続、毎日更新中。(2018年10月7日現在)→詳しいプロフィールはこちら