母94歳の誕生日に思う。「苦手な親」を持つあなたへ伝えたいこと
この記事を書いている2026年5月23日は、母の誕生日。94歳になりました。
大きな病気もなく、今はサービス付き高齢者住宅で、生活面でも自立して過ごしてくれています。ここまで長生きしてくれて、本当に感謝しかありません。
なのですが。
実は私、母のことが少々苦手なのです。
「親が苦手」そんなふうに感じてしまう自分を、責めていませんか?
世間ではよく「親孝行」「家族は大切に」と言われます。
それはもちろん、その通り。
でも、心のどこかで「うちの親、ちょっと苦手なんだよな…」と感じている方も、実は少なくないのではないでしょうか。
そして、そう感じる自分のことを「親不孝なのでは」「冷たい人間なのでは」と、ひそかに責めてしまう。
今日はそんなあなたに、私自身の母との関係を通して、少しだけお伝えしたいことがあります。
この記事を読んでいただくと、「苦手な親」を持つ自分を、もう必要以上に責めなくてもいいのだ、と少し肩の力が抜けるかもしれません。

母の頑なさの、その奥にあるもの
母は昭和7年生まれ、戦前世代です。
実家が貧しくて相当苦労したらしく、また、戦争経験もかなり影響したのでしょう。すごく頑なで、物事をステレオタイプに見る、そんな気質を持った人でした。
そして私は、母にとってはずっと「出来の悪い娘」。
母が期待する生き方を、ことごとくしてこなかったのです。
ことあるごとに噛み合わず、すれ違い、ぶつかってきました。
今になって思うのは、母のあの頑なさは、貧しさ、戦争、生き抜くために身につけざるを得なかったものの見方。母は母で、与えられた時代を必死に生きてきたのかもしれません。
とはいえ、この”噛み合わなさ”はずっと続いています。

「縁起が悪いから祝うな」と拒否された、94歳の誕生日
今回もそうでした。
94という数字は縁起が悪いから、祝ってくれるなーーそんな一方的な理由で、せっかく企画していた誕生日のお祝いの宴を、拒否されてしまったのです。
そっか。
そうきたか…と、どこか「またか」という気持ちにもなりました。
思えば、こんなふうに母と私は、こんなことの連続でした。
これまでも。そして、おそらくこれからも。
それでも、「仕方ない」と思えるようになった

なのですが。
やはり、ここまで長生きしてくれていること、今でも元気でいてくれることには、心から感謝しています。
「いつでもべったりそばにいる」そんな親子関係は、おそらく築けそうにありません。
でも、それでいいのかな、と最近は思うのです。
言い換えると、そういうふうにしか、できない。
これまでの母との関係性で、自分を責めなくてもいいのかな。仕方ないのかな、と。
距離があってもいい。噛み合わなくてもいい。それでも、相手の長寿を、健康を、ささやかに願う気持ちがあるのならそれはそれで、ひとつの親子のかたちなのだと思うのです。
最後にひとこと
苦手な親を持つことは、決してあなたが冷たいからでも、親不孝だからでもありません。
近づけない関係性を、無理に近づけようとしなくていい。
ただ、遠くからでも相手の幸せを願えるなら、それで十分。
母へ。94歳おめでとう。
これからも、どうか元気で。陰ながら願っています。