働きながら子どもを育てる 部活で大怪我、最後の試合、大学受験・・イベントがテンコ盛りで親も一喜一憂 高校生時代後半

広告

働きながら子どもを育てる。
思春期真っ盛りでも、なんとか子どもとコミュニケーションを図ろうと努めた、高校生時代前半。

後半は、怪我はするわ、部活引退、大学受験だわ…イベントが盛りだくさん。またまたイロイロなことが起きるものです。

そのたびに、親も一喜一憂。

どんなことが大変で、どんなことに気をつけていたか。お伝えします。

「文転」して、志望校を決める

高校2年生開始時は、理系コースを選んでいた息子。
その後「目指したい学部」が、文系へと変化したようで、途中から「文転」(理系→文系に移ることを、先生がこのように言っておられました)するに至りました。
「目指したい職業」というのも、うっすらと浮かんできた模様。

しかし、科目の選びなおしをするワケにはいかないため、文系受験に必要な、歴史または地理などの社会科が受けられず。
かわりに、数Ⅲとか物理とか、文系には必要ない科目を取ってしまっています。

この点には息子「ったくー。うちの高校のコース、イケてないわー。もうちょっと柔軟性があったらよかったのに」と最後までブツブツ言っておりましたが、結果としては、「国」「数」「英」の三科目で受験できる私立大学がいくつかあると分かり、そこから志望校もしぼってゆきました。

塾の先生から出身大学の話を聞くうちに、その大学に自分も行きたいと思うようになったそうで、第一志望校も決まりました。三科目受験がその大学も可能とのことで、ひと安心です。

大怪我

一方、部活はいよいよ仕上げのとき。
最後の大会のファイナルは、あの「花園」で有名な、高校ラグビー。
来る日も来る日も部活に明け暮れていました。そして、帰りに塾。大忙しです。

とある日。

私が帰宅すると、玄関に松葉杖が立てかけてあります。
そういえば、夏合宿中に足の調子が悪くなった…と言っていたよなー。

「どうしたのーー?」と聞くと、なんと、膝の靱帯が損傷しているとのこと。
ギブスらしきものが、ぐるぐる巻かれている。

そんなー。1人で病院行って帰ってきたの?
呼んでくれればいいのに。
怪我したのなら、メールの一本でもくれればいいのに。

遠慮したのか、めんどくさかったのか。

最後の大会までには絶対治す!そのことで頭がいっぱいな様子。
せつないなー。
怪我の神様、どうか息子を救ってください…祈るしかありません。

学校は駅から歩いて15分。毎日の通学もしんどそうです。

私が仕事をしていなければ、送り迎えもしてあげられるのに。申し訳ない。

それでもなんとか行って帰ってこられたようで、2ヶ月近くはそんな日々が続きました。

大雨のなか、最後の試合

その後、部員たちがみなお世話になっている整体にも通ううちに、なんとか大会には間に合った。
まだ万全ではない膝に思いっきりテーピングして試合に臨みます。

土日に行われるので、もちろん夫も私も応援に行きます。
第一試合は勝利。やった!

そして、二週間後に第二試合。
朝からあいにくの雨で、試合時間が近づくにつれ、雨脚がどんどん強くなってくる。
選手も観戦者もズブ濡れです。

整体の先生も、なにかあったときのために…と応援に駆けつけてきて、
息子以外にも故障あがりの選手たちへ、交代交替にマッサージをしてくれます。

試合が始まり、点差が少しずつ広がってしまっている。息子たちのチームはビハインド。

がんばれーーー!がんばれーーー!
みんなで力の限り応援。

しかし。

とうとう、ノーサイド。

選手も監督も親も、全員号泣です。
大粒の涙を流して嗚咽している息子たちを見て、さらに涙が止まらない。

彼らが青春をささげてきた、高校ラグビー人生が終わった瞬間でした。

大学受験へのスイッチ切り替えが進まず

すでに10月に入っていましたが、その後、しばらくは、放心状態。心ココにあらず…という日々が続きました。
それまで両立していた受験勉強も、まったく手付かずといった雰囲気です。

私が帰宅すると、すでに息子は帰宅していることも多く、塾にも行っていない様子。
大丈夫なのかしら??

でも、ここはぐっと堪えて「勉強しなさい」「塾に行きなさい」とか、言わないようにしました。
見守っておくしかありません。

1ヶ月ほど経ったころでしょうか。
じょじょに塾通いを復活するようになり、そのうち、イキナリ猛勉強し出す。
部活で培った「根性」の発揮かしらー(笑)

この頃は授業がほとんどなくなってきたため、自宅で朝から晩まで机にかじりついている。ところどころ塾にも行く。
時は2010年11月。受験まであと2ヶ月…いよいよ近づいてきました。

夫の転職

そんなときに夫が、転職すると言い出します。なんでも、もう退職することを会社に伝えたとのこと。
えーーーーっ!!

しかも、次になにするか決まっていない…って。

夫もずっと馬車馬のごとく働いてきたから。
しゃーない。ココは「いったん休め」のときでいいわー。
かくして、夫と息子を養うことと相成りました。

息子は、受験の真っ只中に差し掛かろうとしている。
「専業主夫」として、留守を預かって、息子のケアもしてくれたことが、とても助かりました。

受験スタート!

年が変わり、まずはセンター試験。
私立大学でも、センター合格という方法もあるのですが、残念ながら、惨敗。
2月の本試験に向かってラストスパートです。

夫も就活はしていたものの、なかなかきまらない。もういっそのこと、受験が終わるまでゆっくりしといていいからー。
スケジュール管理が得意な夫は、息子に代わって「受験カレンダー」のようなものを創出(笑)
それをみんなで見ながら日々を過ごしてゆきます。

受けた大学は全部で3大学5学部。
2月に入ると、次々と試験日が訪れます。前夜のおかずは「とんかつ」にしたりして。
当日は、夫が息子におにぎりを持たせて送り出します。

合格発表は、数日後にネットで。

ひとつ受かりふたつ受かり。その都度夫から「合格速報メール」がやってきて、嬉しくなる。

第一志望校は息子本人としては「たぶん、ダメだ」という感想でしたが、いよいよその発表の日。
「合格――!!」と花丸つきの夫メールがきたときは、ちょうどクライアントさんとの商談を終えての帰り道。

「やったーーー!」と思いっきりガッツポーズしちゃいました。
すぐさま、夫に電話をかける。

息子、「奇跡だーー」と叫んでいたとのこと。電話を変わってもらおうとしたら、「今、出れないって」

なんだよなんだよーー。
もうそれからは仕事なぞ、うわの空。早く帰りたくてたまりません。

卒業のとき

その後、花束片手に帰宅し、息子に「おめでとーーーっ!」と声をかけるも、
「そんなふうに、言われたくない」とツレナイ返事。おいおい、この期に及んで、まだ「反抗期」やってるのかーい。

嬉しい気持ちはもちろんありましたが、なんだかガッカリも…

なぜ、そのようなコメントをしたのか、理由は分かりません。
でも、ま、いっか。

そして、2011年3月1日。
6年間お世話になった学校とお別れの日。卒業式です。
もちろん会社を休んで、朝からママ友たちと集っては、ウルウルしっぱなし。

いろいろなことがあったなー。
思い出が走馬灯のように駆け巡ってくる。
親も子どもたちもみんな、旅立ちのときです。

夫の転職も決まり、ようやく4月から社会復帰。息子とともに新たなスタートとなりました。

今日の一言

わーい。これで、子育てもゴールに近づいてきたぞー。
…と思ったのも束の間。

3月11日に東日本大震災が起りました。

大学の入学式は取りやめとなり、入学日も5月に延期。

そんな波乱の、息子大学生活の幕開け。

ゴールどころか、あらたな試練が待ち構えていました。

子育ての旅はほんとうに長い。
また、別記事で書きます。

大学生時代。続きはよろしければ、コチラをどうぞ。

お読みいただき、ありがとうございました。

☆「100歳以上生きる」を目指すために
この本に書かれてあることを1つ1つ実践しています☆

Amazonへ見にいく

広告

投稿者プロフィール

ねーさん(ikumi3)
ねーさん(ikumi3)
会社管理職/100年ライフブロガー

30年以上会社勤務と子育てをしながら、40歳で正社員復活し現在は管理職。このままで良いのかと悩み、様々な学びと出会った師匠たちに救われる。この経験により「今後の100年ライフを楽しく過ごし、同じような人を一人でも増やしたい」というビジョンを持つ。

→詳しいプロフィールはこちら